代表者略歴

本ページは、咲和惟 代表 三枝克之が主催するPythonや、デザイン用の3D-CADソフトウエアに関する講習会を受講する方々向けの情報となります。(2018-9-13)
 
 
・小学生の頃
絵や工作の入賞多数、
岡本太郎にインパクトを受けて、岡本太郎になろう!と思っていた時期がありました。今でも爆発したいときは、岡本太郎なら、なんというかな、どうするかな、と、想像しています。
 
 
・1989年以前
武生高校では、学内テストやマークシートでは、おおよその教科が平均以下でしたよ! (*^▽^*)
 
父が家で眼鏡の生産をしており、高校在学中は、メガネの機械で「リム」を巻いていました。FANUCのCNCを搭載したENSHUの機械があり、その機械で元の形状になるジグなどを作っていました。
当時のメガネの機械は故障・停止が多く、資料もないため、自分で機械の制御を勉強して修理しました。リムの機械が故障すると治るまで(夜まで)修理にかかりました。学校は遅刻も多かったです、学校の部活はせず、補習にはほとんどいきませんでした。
 
機械が順調に動いている間は、機械をみながら、覚えていられる数学と物理の問題を、アタマの中だけで解く、ということなどをしていました。
 
そのため、数学や物理の公式的なもの、については、暗記せずとも、自力ですぐに導出できるようになりました。高校3年時には、大学2年くらいの微積、線型代数、統計の内容は教科書がなくともイメージにあふれ公式の導出が自然に出来ていました。
 
 
・1989年

図書館にあった大学への数学の学力コンテストに面白い問題があり、回答を出してみたら、上位の成績優秀者として名前を掲載していただきました。当時高校で皆に「数学の天才」といわれていたK君から、友達になろう、と言われました。「大数の学力コンテスト友達」にしてもらいました。

 

数学と物理は、「用語」で考えたり、「公式」をあてはめる、ということでは無くなってきました。行列(やテンソル)は、矢印が空間を埋め尽くし、無限の空間を変換するのですが、変換されないヘソもあり、空間を変形するエネルギーと変形を復元する力で波が伝わる、エネルギーは形になって、自由を求めて、出口を求める、そんな感覚っぽいものでした。
それは岡本太郎的なものでもありました。
 
駿台・東大実戦模試1位(数学 偏差値87)
SEG数学予備校89年入試試験 特待生合格(全国1位) 
 
高校の補習に行けなかったため、先生からは、どこかで勉強をしているのか、なぜ補習にでないのか、と問いつめられたりしましたが、家の仕事が忙しかったので、スルーしていました。
 
進路指導で東工大4を受験するとかいたら、「高校内の統計データでは、4類は東工大の中でも最難関なので、他の類にしなさい。落ちたときのために、早稲田や慶応の理工も受けなさい。それが君のためだ」、と言われました。
 
先生の話もごもっともかもしれないのですが、もし落ちたら自由になって、稼業の拘束から離れていろいろ働きながら、世界を広くみてやろう・・、と思っていました。が、
 
東京工業大学4類(機械・電子制御・経営)に合格してしまい、入学。(のちに休学)
  
・1990年
某進学塾の講師、入試の模範回答(エレガントで最短な解法)の作成、(東大・東工大の数学・物理を担当)。
機械制御のプログラムのアルバイト(大学の近く)
 
・1993年
ファナック株式会社様でインターン(東工大でも大人気のため、学内選抜)
 本社・商品開発研究所・ロボット設計・開発に従事
 入社の打診を受けるも丁寧にお断り
 
内定を出そうとしたインターン先の企業のメンツをつぶした!と、大学の方々は、ずいぶんご機嫌がよろしくなかったです。ファナック様では商品開発部の方々に資料などを頂き、産業用多軸ロボットの空間重心、運動方法、トルクに関する計算やプログラムを富士通のFM16β(オフコンみたいなパソコン)を使いCで組んだ気がします。貴重な技術のご指導を頂き感謝してます。
 
・父の事業(眼鏡製造)の借金と人手不足などのため大学を休学。(手伝わないと家が取られる・・・と父から。)父の事業では、眼鏡の設計や設備などをしていました。当時パリミキ様のご招待ツアーで、フランスSILMOやスイス等へ長旅。偶然ですが、ツアーでいろいろご一緒させていただいた女性の方が、東工大のT君の母上様(大阪の著名な偏光レンズ製造メーカー様)でありました。集金や手形の取り立てなど、かなり特有で貴重な体験ができました。
 
・県内の機械設計企業(IAシステム様)から、眼鏡機械の設計と制御を引受(NC加工機・自動化製造機を企画・製作)。県内のIT企業(アートテクノロジー様)から、SONYのデジタル映像装置のワークステーション制御を引受。
 
・両親の事業、負債、社屋などを引継ぎ。「さえソフト」で、ソフトウエア製造業とし、眼鏡製造は整理しました。
 
・事業を整理・拡張し、「咲和惟」に社名変更。
ソフトウエアに加えて、CAD+CNC+機械制御、執筆を業務に組み入れました。
過去の眼鏡経験は、デザイン・設計業務や、金型製造企業様のコンサルティング、CAD/CGの技術教育、3Dによるカタログや店頭表示装置、に活かすようにいたしました。JIDA関西様より、3D-CADのデザイン・エンジニアリングに関するプレゼンテーション・解説の依頼を受け、大阪で著名な方々を前に、セミナー形式でツール類、ワークフローを説明しました。ヒルギデザインの大浦様をはじめ、関西のデザインに携わっている方々や、ライノセラスを作っている方々、使っている方々とご縁が広がりました。
 
・現在
CAD/CAM/業務システムクラウド/AI化を進めています。
(WEB、システム開発、CADCAM、各種計算など、すべてPython。)
 
最近買った本
・「笑う数学」・「数学セミナー」
 
ごく最近のお仕事(この執筆時、1カ月くらい)
・「Rhinoceros 3D – CAD講習」(福井めがね工業様 コマンド、Grasshopper他)
・「眼鏡フレーム設計システム」(Grasshopper,Pythonを採用)
・「製造業生産計画クラウド」(Firebird+Pythonを採用)
 
 
*1) 「小竹眼鏡事件」など、色々な出来事などがベースにはあった気がしますが、割愛いたしました。