空とPython


あれこれ計算。


手計算でやっていく。あるところから、計算機が必要になる。

コンピューターや計算機とは、そのようなものだったな、と思うトキです。


Pythonでは、分数が簡単に、正しく扱える。Python 3系では扱う整数の大きさに限界がない。
 
最初はこれまでのプログラミング言語の制約がなかば常識になって慣れるまでに時間がかかったけれど、良いシステム。
 

宇宙の時間と空間の計算は、あつかう数自体が、普通に大きい。そんな数で本当に割り算なんかせずに分数のままやっていきたい。

割り算せずに、分数のまま保たれた計算空間は、おおきな数はちょっとしたことで逆数になり。巨大であるほど微小な空間の演算になる。

計算的な粒子性があらわれる。

 

 
未来の「新しい物理統一理論」は、「複雑系力学系を組み込んだ計算機科学的なもの」になるのだろうと予測ができる。
 
Pythonは現在は、こういうことに重要な資質をもった言語のように思える。
 
 

人間の大きな経済活動も、ちょっとしたことや、空のお天気などに大きく支配されていて。
 

個々の粒子の確率性、不確定性が、一つの大きな宇宙スケールの何かに支配されていても、

おかしくないどころか、当然すぎるように感じる。

 

「宇宙」から生み出されている沢山のきまぐれ粒子。確率的にしか予想できないのだけれども、時空的な距離にかかわらず、同じふるまいをする粒子が存在する。